『生まれたときから Part-2』




風芽が丘高校

翌日、教室に入ると赤星が声を掛けてくる

「高町、今日はよろしく頼む」

「何を頼まれたのかな、恭也」

月村忍の声が響く、歩く傍迷惑、歩く悪戯、とでも言いたい女性だ。

チャイムが鳴り昼休みの時間になった

「高町、食堂へ行かないか、早く行かないと席を取れないぞ」

「そうだな、忍――とっ」

忍は寝ていた。

「古文だったからな、仕方ないか」

仕方ないか、と言う問題ではないような気もするが、まあそれはそれでいいのだろう。

「行こうか、赤星」

「月村はどうする」

「このままでいいんじゃないか」

「それもそうだな、じゃ早いと行こうか」

食堂に着くとそこはすでに混み合っていた。

御神の剣士でもこれは如何ともし難いものがある。

奥義の歩法神速を使えば簡単に済むことなんだが、使うなど以ての外だ。

だから、大人しく並んで順番を待つ事になる。そんな中、

「高町くん」

「恭ちゃん」

俺の名前を呼ぶものがいた、声のしたほうへ振り向くと、

藤代さんと美由希が手を振っているのが目に入る。

「あれ、忍さんは」

忍がいないことに気付いた美由希が尋ねる。

「ああ、あれはいつもの事だ」

「文系の授業だったの」

「ああ」

こんな短い会話で理解しあえるのほどの、いつもの事なのだった。

昼休みの終わりを知らせるチャイムがなり、それぞれの教室へと向かう。

「じゃ、放課後、道場で」

「ああ」

「美由希ちゃんもね」

「はい」

その場を離れて教室へと向かった。



放課後、道場

昼からの授業が終わり、俺は剣道部の道場へと歩いていく。

掛け声がだんだんと大きくなってくる。

扉を開けて中にいる赤星を探す、

隅のほうで、一年生に足捌きを教えている赤星がいた。

「遅かったか」

「いや、時間前だ」

「今年の一年生はどうだ」

「まあ、頭の中で組み立てる事ができる状態になったと言うところか」

「そうか、お前も大変だな」

「そうでもない、飲み込みの早い遅いは個人差があるが、ようやく一列

に並んだ状態だ」

「じゃ、これからだな」

「うん」

赤星はひとつ肯く。

「遅れました、すません」

俺より少し遅れて美由希が道場に入ってきた。

藤代さんもこちらのほうへ走ってくる。

「美由希ちゃん、今日はごめんね、無理言っちゃって」

「いいえ、気にしないでください。私も勉強に成りますから」

「そう言ってもらえると助かるわ」

と言いながら、藤代さんは振り向くと、練習している女子部員に

「女子部員は集合」

と号令を掛ける。

俺はその場を離れて隅のほうへ歩いて行く。

そこには一年生達が足裁きの練習をしている。

足裁きはそう簡単に出来るものではない。

踏み込み、後退、練習を積んで初めて体が勝手に動いて呉れるのだ。

体捌きに至っては一朝一夕に身に付くものではない。

敵と対峙した時に、恐れ、迷い、これらの感情は確実に死を連れてくる。

恭也が、恐怖心、迷いを克服できたのは、父士郎に打たれ続けた結果だ。

士郎が幼い恭也を完膚なきまでに叩き伏せて体得させたかったもの、

それが己の心を制する自律心だった。

いま恭也は、彼らを見つめながら、父士郎との鍛錬の日々を思い出していた。

急に視線を感じた。誰かに見られている、気配は淡いが確かに見られている。

「高町、高町、高町!」

先ほどまでの視線が消えた、一体誰だ、誰なんだ。

「おい、高町!」

赤星の呼ぶ声で引き戻される。

「何だ赤星」

「どうしたんだ、急にぼやっとして、大丈夫か」

「すまない、大丈夫だ」

「本当に大丈夫なのか」

「ああ、本当だ」

「じゃすまないが、団体戦の連中を見てもらえないか」

「ああ、いいとも」

「みんな、紹介する、こいつは俺の友人で高町と言う、少しお前らの練習を

見てもらう事に為ったから挨拶しろ」

団体戦出場の生徒がそれぞれ声をかける、そんな中、少し照れたような感じで。

「高町です、赤星に頼まれてきましたが、みんなを指導する事が出きる程じゃない

ので俺なりに気が付いた事を言いますので、こちらこそよろしく」

挨拶が済むと笑いながら、吉田が話しかけて来る。

「お久しぶりです、高町先輩」

副将の吉田は、恭也と赤星の試合を何度か見た事があり、恭也の腕を知っている。

恭也と立会い、絶壁を前にしたかの様な絶望に近い威圧感を感じた経験がある。

といっても、剣道の範囲内での事ではあるが。

腕は、吉田は大学レベルか、社会人レベルの実力を持っている。

彼は高校に入って急激に開花した、赤星との出会いが彼を目覚めさせた。

すでに大学や企業からも招聘されている。

「赤星、井村君は、激烈な一撃を放つ事ができるみたいだな。

 だが、よく観察すると妙な癖があるな、弱点につながる」

「え、どんな癖だ」

井村の弱点と言われて赤星は驚く。

「いや、気にするほどの事でもないが、打ち込む瞬間に、右足の親指で地面を掻

 くようにするが、たとえて言えば、猫が獲物に飛び掛るときのような仕草をする、

 観察力の優れた者だと見抜かれるぞ」

『?――うぅ、そんな事気づくのはお前ぐらいだ』

と驚くと同時に呆れたような顔で恭也の顔を見つめる赤星であった。

「次峰の草野君は打ち込んだ直後に剣先がぶれる、剣と身の係りが離れてしまう。

 返し技を食らい易いかと思うのだが」

『お前は仙人か、枯れてるとは思っていたが何時人間を止めたんだ』

赤星は恭也の言葉に心の中で叫んでいた。

「吉田」

赤星は副将の吉田を呼んだ。

「すまないけど」

吉田の耳元に何かをささやく勇吾

吉田は、恭也の顔と赤星の顔を交互に見てから

「分かりました」

と返事を返す。

「頼む」

「お願いします」

吉田は恭也と赤星に一礼してから草野に声をかける

「草野、俺と一本遣ろう」

井村と遣り合っていた草野に声をかける

「井村悪いな、ちょっと草野を貸してくれ」

「いいですよ 副将」

向かい合う吉田と草野

「はじめ」

赤星の掛け声でお互いの間合いを取る二人。

数合の後、呼吸を整えるために距離を取る。

先に仕掛けたのは草野の方だった、鋭い踏み込みから放たれる一撃、

今にも吉田の面をとらんとするとき、吉田は踏み込むと同時に抜き胴を放つ、

パ〜ンと乾いた鋭い音が道場に響き渡る。

「一本!」

赤星の判定を告げる声が響く

「参りました」

草野は悪びれた様もなく吉田に頭を下げる、そしてお互いに礼を交わし、

話しながらこちらにやって来る。恭也と赤星に礼をして

「いまのは何だ、吉田」

「あれか、抜き胴紛いとでもいておこうか」

二人が技の話で盛り上がっているとき、藤代彩が恭也に声をかけた。

「高町君、吉田君のいまの技は高町君が教えたの」

「どうしてそんな事を言うんだ」

「だって、高町君と赤星君が話をしていた後、赤星君が吉田君の耳元で何か

 言っているのを見ていたから、そうよねえ、吉田君」

引き合いに出された吉田は、彼女の視線に戸惑いながら恭也を見る。

流石だなぁ、といった風で恭也が口を開く

「実は草野君の癖なんだが、ほんの僅かだけど、打ち込む瞬間、右の肩に力が入って

しまうんだ、其のときを狙って踏み込みながら胴を払う事がでれば、と思って」

其の後を赤星が受ける形で説明してゆく。

「へー、そうなんだ」

感心したような声で藤代さんがつぶやいた。

そして、いつの間にか剣道部員全員が回りにいた。

みんな真剣な顔で話を聞いている。

そして、みんなの癖や欠点を指摘してゆく。

そんな恭也にまなざしが集まる、特に女子剣道部員からの視線が痛い。

藤代さんからの冷やかな視線を感じる。おかしい、そんな事を考える恭也であった。



高町家リビング

稽古を終えて帰宅した恭也は、リビングでお茶を飲んでいる。

彼の周りには、赤星と藤代さん、吉田くん、草野くん、井村くん、山瀬くん、

そして美由希がお茶を飲んでいる。

「さて高町、明日土曜日は休みだから、久しぶりに一本やろうか」

「ああ、いいな」

赤星と久しぶりに剣を交えるのもいいかもしれない。

そんな恭也に赤星が言った

「木刀を使うが、いいか」

「かまわないぞ、俺も木刀を使う」



高町家道場、

「やはり強いな、かなわないな」

息があがってぐったりしている赤星に恭也は声をかける。

「練習量がたりないのだな、赤星は」

「そんな事はないぞ、お前が常識はずれなんだよ」

赤星は悔しそうに言う

「赤星、お前はしばらく休んでいろ」

「吉田くんと草野君、君たちはどうする」

「「はい、稽古をつけてください、お願いします」」

「僕もお願いします」

井村君もそう言ってくる、一年生で、真面目に取り組んでいる。

「美由希ちゃん、私と一本やらない、ああ、剣だけ、それとあと体術ぐらいで、

それで いいかな」

「いいですよ、藤代さん」

「ありがとう、美由希ちゃん」

恭也たちの練習が終わり、シャワーを浴び、火照った体から滴り落ちる汗を拭いていると。

「師匠!」

レンが夕飯の準備ができた事を知らせに来る。

「一息入れようか、みんな、夕飯を食べていくだろう」

「いつもすまんな、高町」

「「「いいんですか、じゃお願いします」」」

「藤代さんもご一緒しませんか」

「でも」

「恭ちゃんも、ああ言ってますから、一緒に食べていてください」

「そう、・・・じゃお願いしようかな」

「そうしてください、賑やかなほうがたのしいから」

「ありがとう、高町君」

食事もおわり、お茶のひと時、試合の話に流れるが仕方のないことだ。

恭也がそんな中で口を開く。

「井村君は、いつからあんな癖が付いたのかな」

「癖ですか」

訝しげに口を開く井村、そんな彼に赤星は言う。

「お前は気が付いてない様だが、打ち込む瞬間、右足の指で地面を引っ掻くんだ」

「え!、そんな事していたんですか俺」

「ああ、ほんの瞬間だがな、気づかれたら攻撃のタイミングを外されて終わりだ」

『もっとも、そんな奴普通では一人もいないだろうけどな』

心の中で呟きながら勇悟は恭也の顔をちらっとみる。

そんな、赤星を藤代が見ている

『きっと、草野君や井村君の癖を見つけたのも高町君なんだ、すごいんだ』

心の中でつぶやく。

「だから、癖を直すため基本に戻って始めたいけど大会まで1ヶ月だ、

時間が無いからな、高町に二人は頼む事にした」

「二人に必要なのは精神面での鍛錬だ、イメージトレーニングを遣ろうと思っている」

「「「「イメージトレーニング?」」」」

剣道部の5人が声をハモらせて言う。

土曜日の高町家道場

恭也を挟んで車座で座禅を組む面々がいた。

かれこれ1時間も座っていただろうか、恭也が口を開く。

「みんな、座禅を組んでもらった事そのものは別に意味は無いんだ」

「じゃなんで」

「うん、気持ちを引き締めるとかじゃなくて、我慢する事を覚えてほしいと思って」

「「「「「我慢する・・?」」」」」

昨日に引き続き同じ顔ぶれがそろっており、唖然とした表情をしている。

「そうだ、我慢だ、座禅を組むというと誰しもが精神の集中を思い浮かべる」

「え、そうじゃないの、私ずっとそう思ってた」

「藤代さん、それだけじゃないんです」

確かにそれが全てじゃないんだ。

体を動かす事を我慢するという事は非常に辛い事でもある。

体を動かしたい意識を克服して、いや、克服するために意識をそらす事が必要に

なってくるが、意識が途切れた時点で、最初からやり直ししなければならない。

「我慢している自分を見つめる事ができれば我慢が我慢で無くなる。

極限まで自分を見つめる事が、究極的な自己啓発の手段と思えばいい」

そんな事を恭也は言う。

「井村君の場合は、足の指を動かす行為が無意識のうちに行われたのではなくて、

きっと過去に自分が気に入るほどの会心の一撃を繰り出したときの動作の一端を

体が覚えていたんだろう、脳が意識を高揚させるために行っていたんだろうな」

みんな首をひねっている、分かりづらいのだろう、分からないでもないが、

補償行為の変形だろう・・・・多分。と恭也は考える。

「難しい事はさておき、矯正する事ははっきり言って難しい、下手をすればスランプ

に堕ちるだろうな、そうなったら、稽古どころじゃなくなる、試合する事さえ困難

な状態になるかもしれない」

爆弾発言である、だから、我慢をすることが重要に成って来るんだと話を終わらせる。

「なあ、高町、この二人の癖を見抜ける奴がいるとは思えないんだが」

「まあな、よほどの達人でもないと無理だろうな」

「そうだろう、そんな事が分かるのもお前だからだと俺は思うぞ、お前レベルの達人

なればこそだと俺は思うが」

「俺はそれほどのものじゃない、ただ、気持ちの中でのみ動かすことができればと

 思うのだが」

「気持ちの中だけ?」

「そうだ、動いている自分を感じて剣を振れば結果は出るだろうが、・・・・・・」

「在るがままの自分を有るがまま認めることだ、」

さすが恭也、禅坊主のような物言いである、枯れている、じじむさい、的を得た

評価としか思えない美由希であった。

「高町君、難しいことは私には分からないけど、勝つことに固執する事は大事な

 事だと思うんだけど」

「藤代さんが言う、勝つ事へのこだわりがすべてじゃないです」

勝つ事のみに捉われて修行をしても、不安感や焦燥感に苛まれ修行の目的が

見えなくなってしまい、自分の心を、自分の体を傷つけて行くんだ、修羅の道を

彷徨して、鬼になってしまう。

恭也は一瞬であるが寂しそうな表情を浮かべるがすぐに消える、しかし、藤代は

見逃す事は無かった。

『高町君のこんな表情はあの時以来だ』

そう、父士郎の出棺のときに藤代彩は見た、今の恭也と同じ顔をした恭也を。

ほかに一人、滅多に見せないそんな恭也の顔を見ている少女がいた。

つづきます






むむむ。藤代さんは意外と恭也を見ているな。
美姫 「うんうん。さて、この続きはどうなるのかしらね」
この鍛練を得て、皆は更なる飛躍を見せるのか。
美姫 「次回も楽しみにしてますね〜」
ではでは。



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